大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)1843号 判決 1974年6月26日

原告

木下種蔵

右訴訟代理人

岡原宏彰

被告

西村富貴子

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1、被告は原告に対し、大阪市東淀川区十三東之町一丁目一二番地の九宅地83.39平方メートルのうち、別紙図面イ点とロ点を結んだ直線上にあるブロック塀を撤去せよ。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

3、仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

<以下、事実欄略>

理由

一原告が原告建物を所有居住し、被告が昭和四六年八月から九月にかけてこれに西接して本件ブロック塀(これが塀であるか被告建物の外壁であるかは別として)および被告建物西側二階部分を築造、建築したことはいずれも当事者間に争いがない。

二原告は、原告建物が本件ブロック塀及び被告建物西側二階部分のため、採光、通風、日照を阻害され受忍限度を超える生活妨害を受けているので物上請求権を行使して右ブロック塀の収去を求めると主張するので考えるに、物上請求権としての妨害排除請求権はその行使の結果として具体的な原状回復の事実状態を生ぜしめるもので当事者双方に重大な影響を与えるものであるから、本件の如き日照等の侵害をめぐる相隣者間の紛争においてこれを認容すべきか否かの判断に当つてはいわゆる相対的評価が可能であり被侵害権利または利益とこれに対応する侵害行為の種類態様、排除を認めることによつて生ずる侵害者の犠牲の程度、排除を否認することによつて蒙る被害者の不利益の程度等の諸事情を比較考量して決すべきものと解するのが相当である。

もとより、日照、採光、通風は、快適で健康な生活に必要な生活利益であつてこれと衝突する他の法益との適切な調和を顧慮しつつ可能な限り法的な保護を与えられなければならないが日照、採光、通風は、土地ないし地上建物の利用と密接に関連するのでその遮蔽による生活阻害は物権的請求権としての妨害排除請求権の認められる通常の型態である物件それ自体の支配、利用の妨害という絶対的侵害の場合とも、騒音、振動、煤煙、臭気等の放散流入による当該妨害者自身の発するいわゆる不可量物による積極的侵害の場合とも異り、妨害者に属する土地の空間を横切つて隣人に与えられていた日光や風が妨害者者の土地利用(工作物等設置)の結果遮ぎられたにすぎないという消極的性格のものである点に特異性があり、また阻害者の権利行使という側面があるため物権的請求権としての妨害排除請求権行使の要件としての侵害の有無につき後述の諸般の利益のより慎重な考量が要求されるが、侵害者が所有権行使の結果被害者に受忍限度を超える程の日照等の阻害をなしその程度が社会通念上一般に受忍限度をこえるに至つたと認められるときは右は権利の濫用と評価され妨害排除請求権行使の対象となるべく、右受忍限度を超えるかどうかの判断については、前述の基準により採光、通風等の阻害の程度、加害行為の態様、加害者の意図、公法的な規制、基準の遵守の有無、更に収去の許否による利害得失等の諸事情を比較考量して決すべきものと考える。なお、同一権利の侵害についても、収去が認められる場合の受忍限度は、不法行為の成立が認められる場合のそれより、はるかに高くなると解するのが相当である。

三そこで、次に本件につき、原告の被害が受忍限度を超え、妨害物件の収去を求めうる程度であるか否かを検討する。

1、加害行為の態様

被告が、原告所有地との境界線に接して、被告所有地上にブロック塀(これが塀であるか建物の外壁であるかどうかは別として)を設置し被告建物西側二階部分を建築したこと、右ブロック塀と原告建物との距離が一九、五センチメートルであることは、当事者間に争いがない。<証拠>によると、本件ブロック塀は被告所有地の原告建物との境界ぎりぎりの線に沿つて長さ南北に8.86メートル、高さ2.88メートルの規模で設置され、ブロックは原告建物二階床より一〇センチメートル低い位置まで積まれて原告建物西側の一階部分全面を覆つていることが認められる。又、<証拠>によると、本件ブロック塀はその上部で別紙図面ヘ、ト間に並立する鉄製支柱ともに被告建物西側二階部分(幅約1.21メートル、長さ約八メートルの事務室その階下部分は通路である。)を支えていることが認められるが右二階部分を構成するものとは認められず、原告所有地との境界に設けられた塀であると認めるのが相当である(従つてこの点の被告の主張は採用し難い。)

2、被害の程度

<証拠>によると、原告建物一階部分は、北より四帖和室、食堂、炊事場という間取りであるが、窓は各室の西側及び炊事場の南側にあるところ、原告建物一階部分の西側側面は本件ブロック塀に覆われ、西側の各窓は全く採光できず、通風も殆んど遮ぎられていること、南側に窓を有する炊事場も、かなり薄暗い状況にあること、昼間も点燈を要する状況にあること、が認められる。

なお、原告建物二階部分は、北より洋室、三帖和室、六帖和室という間取りであり、各室にある西側窓は、前記被告事務室外壁に接近しているため、全く採光出来ず、通風も殆んど遮ぎられているが、洋室は東側に、六帖和室は南側に窓があり、それぞれ通風、採光が可能な状態であることが認められる。右認定に反する証拠はない。

3、加害者の意図

<証拠>によると、原告は昭和四〇年四月三〇日に、大阪市東淀川区十三東之町一丁目一二番の八の土地、及び同地上の建物を取得したこと、その後右建物を取壊し、現在の原告建物を建築し居住してきたこと、被告は、昭和三五年二月一六日に現所有地を取得し、その後同地上の旧建物に居住してきたことが認められ、右の各事実に照らせば被告は原告建物の採光、通風は主として西側窓に依拠していることを知りながら本件ブロック塀を築造したものであつて、右事実は前記受忍限度の認定に当り考慮すべき事由となるものである。

4、法制上の規制、基準の遵守の有無

公法上の規制、基準、特に本件において原告被告双方より問題とされている建築基準法は、隣地の日照、通風、採光等の確保を直接の保護法益とするものではないが、同法が敷地利用等につき、種々の規制を設けているところから、その反面隣人は同法の基準内での隣地の利用を予想期待しうるのであり、従つて又、通常一定範囲の日照通風等を期待することが出来ることになり、この点より同法の遵守の有無は、受忍限度判断の一要素となると解せられる。

ところで、本件において原告の主張する被告建物の同法五三条(建ぺい率)違反、同法四三条一項(いわゆる接道義務)違反の点は、本件ブロック塀の設置による採光、通風阻害の発生との間に直接の因果関係の認められない事項であるからこの点の違反は本件の利益考量に当り斟酌すべき事情とはなし難いが被告建物西側二階部分が無届建物であるとの点は、右が本件ブロック塀の設置と密接な関連があり、被告のこの点の違反は受忍限度判断の一事由となりうるものである。

他方、原告建物は、被告所有地との境界線まで19.5センチメートルの距離をおいたのみで建築されている事実は、当事者間に争いがなく、日照、採光、通風の阻害は、被害者側の土地利用型態にも左右されるものであるところ、民法二三四条一項は、隣地所有者が家屋の築造修理等を行う際の便宜の為、又空気の流通、日照等衛生上の見地から、境界線から五〇センチ以上距離を置いて建物を築造すべきことを規定しており、原告は、自己所有家屋の採光通風等を確保するためには、まず自ら、最低限度右民法の基準を遵守すべきであつたと言わねばならない。なお、民法二三六条は、同法二三四条と異る慣習のある場合それに従うとの規定があり、原告本人尋問の結果には、右慣習の存在をうかがわせる部分があるが、右はたやすく措信しえず、他に右慣習の存在を認めるに足る証拠はない。

又、原告は、原告宅付近はいわゆる準防火地域であり、建築基準法六五条により、建築物を境界線に接して設けることが出来ると主張するが、原告建物の外壁が耐火構造であることは、本件全証拠によるも認められず、従つて同条と民法二三四条一項との関係を論ずるまでもなく、原告の右主張は失当であり、右の原告方事情も、前記受忍限度の認定に当り考慮すべきものである。

5、撤去を認めた場合の利益考量

仮に、本件ブロック塀が撤去された場合、原告建物の採光通風状況は向上し、日中における点燈の必要がなくなるであろうことは、容易に想像しうるが、しかし原告建物と境界線の距離が19.5センチメートルであることは当事者間に争いがないところ、民法二三五条によれば、境界線より一メートル未満の距離において他人の宅地を観望すべき窓を設けた場合は、目隠を付ける義務を負うのであり、原告は、境界線に接着して存する西側各窓に、本件ブロック塀に代る何らかの目隠が設置されることは、認容せざるをえないのである。

他方、前述の如く本件ブロック塀は被告建物二階事務所(但し、この建物も民法二三四条に違反することは、原告建物につき論じたのと同様である。)の東側を支えており、<証拠>によれば、右事務所は建築士である被告の夫西村和博が、内部にコピー用ゼロックス、机等の設備を置いて仕事場としている事実が認められるのであり、本件ブロック塀の撤去により右事務所が直ちに倒壊するものとは考えられないが、右事務室使用に支障をきたすことは予想される。

6、以上検討したように、原告建物は本件ブロック塀により特に一階和室四畳の間と食堂の採光通風が著しく阻害されていることが認められ被告が右阻害の事態を招くことを予測しながら本件ブロック塀の設置、被告建物西側二階部分の建築に当り原告と協議もせず一方的に(しかも右二階部分については無届で)工事を進め完成させた点において被告に責めるべき点なしとしないが、他方原告としてもその所有家屋の採光、通風等を確保し快適な生活を享受するためには先ず自らも民法の相隣関係の規定を遵守すべきであり、自らはそれに違反しながら隣人の非のみ責めるのは公平な態度を欠くと思われること、及び仮に本件ブロック塀撤去を認めた場合も、原告は原告建物西窓に何らかの目隠の設置を認容すべき立場にあり、他方被告は先に認定したような本件ブロック塀の構造機能からすると、その撤去により階上事務所の使用に支障をきたすことも予想されること、等の事情を総合すると、不法行為に基づく損害賠償請求であれば格別本件ブロック塀撤去を認めるを相当とする程度の受忍限度を超えた違法性は、認められないと判断するのほかはない。

三以上によれば、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(今富滋 上野茂 稲葉公子)

物件目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例